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ケアネットワーク21 第33回会議の内容報告

『大きなデイケアと小さなデイケア』



 平成10年8月20日(木)19:00〜   松前町総合文化センター ふれあい展示室にて

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 「介護というのは、とどまるところを知らない。」 

 松山市西垣生で託老所「あんき」を開いている中矢暁美さんの言葉に、重いものが隠されていました。

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 今回は、「あんき」の中矢さんと、伊予ヶ丘の木村さんによって、個人経営の「小さなデイケア」と施設における「大規模なデイケア」の説明が行われ、それぞれの特長と、抱えている問題点を浮き彫りにしながら、お互いの連携点を模索していこう、というのがテーマでした。

 まず、中矢さんの説明が20分ほど。
 続いて、木村さんの説明が20分ほど。

 個人施設の特長は、その「家族性」への帰結にあるように思われます。対して、大型のデイケア施設の特長は、「集団性」・「利便性」にある、と言えるかも知れません。

 中矢さんのところは、言うまでもなく、中矢さん個人が動き、中矢さん個人がすべてを判断し、全く「逃げられない」状況の中で、「一つ屋根の下の家族」を作り出しています。
そういった生活の中でも、中矢さんの手の及ばない力が作用するようで、例えば、ある知的障害を持ったボランティアの女の子などは、痴呆の老人への対応がそれは見事だったりして、日常の中でも、驚きの連続だそうです。

 伊予ヶ丘のデイケア施設では、現在定員60名、平均で43名の利用者がいます。施設の利点は、人員が豊富であること、施設設備に幅と余裕があること、レクレーションやケアプランに充分時間が割かれていること、利用者にとっては経済的でもあること、等が考えられますが、やはり集団が生じるところには当たり前の問題も発生します。
 殆どが痴呆性の利用者の中で、その痴呆のレベルにかなりの差があり、自ずと「グループ分け」をしてのケアになります。人が集まると言うことは、環境を問わず「心の衝突」を生みます。グループ内でのねたみ・暴力も出てきます。「集団の中での個別化」をどうとっていくべきか、ケアプランの策定に時間をさいている状態です。
 集団の良さは、協調性・助け合いの気持が養われていくところにあります。グループの中で、自然に「リーダー格」の人が生まれ、面倒を見るようになってくると、「役割意識」がそれぞれに芽生え、残存能力の維持と回復にも役立つことがあるようです。

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 ここまでのお話を聞いて、デイケア、高齢者介護といったことを中心に話されている内容は、まさに「人間学」そのもののように思われました。お互い「人間に接するプロ」である経験と洞察が深く、続いて行われた初めての試みだった「対談」の時間も、出席者全員が興味を引かれる内容でした。

 対談といっても、衝突するような所があるかと思っていたのは、全くの杞憂で、むしろ大切なのは「心があってケアがある」という所にお二人の完全な一致点があったことに、何か温かい安心感を覚えました。

 ただ、小さなデイケア、大きなデイケア、どちらか一方だけではだめです。状況と用途に応じてどちらも必要ですし、医師、保健婦、ホームヘルパー等を含めてお互いの連携が一層求められるように感じました。

 現在、中矢さんのような個人経営の託老所には、どこからも補助金が出ていません。介護保険導入がこのような個人施設にどのような影響を及ぼすのか分かりませんが、社協としては、できる限りのバックアップをしていきたいと思っています。

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 その後、質疑応答が行われ、大型施設の、特に夜間のナースコールへの対応について、質問とアドバイス等がありました。

 ここで、中矢さんが「いくらプロでも、自分の親は見ることができない。」ということを言われました。

 介護者が被介護者を見るのと、子が親を見るのはちょっと違うそうです。この言葉には、自分の親だと思うと、甘えの気持ちから逆になおざりにしたり、うっとうしく思ったりする事が往々にしてありますが、介護者という「他人」がクッションに入ることによって、うまくいく、という意味が込められています。

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  福祉の仕事は「4K」だと言われています。
 一般的な「3K」に加えて、もう一つの「K」は「感動」の「K」だそうです。



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